toggle
2016-07-20

なぜ、身障者の就労支援?

kojyo

ビールを前に満面の笑顔!古城 祐之 氏

その活動への動機は、代表の私、永谷がかれこれ33年も前に「障害者が働く場・みちくさ共同作業所」で、専従職員として従事していたことに遡ります。

日立市大みか町のボロ長屋の一角で、8名の方が、そば殻の枕を作って販売していました。

当時はまだ、NPO法人という枠組みもなく、障害者のための自立支援法なども施行されていませんでしたので、国からの補助金も一切なく、わずかな枕の売り上げと、廃品回収(近隣のご家庭の皆さんが、新聞、雑誌、空き瓶、衣類を提供してくださってました)による収益で自主運営しておりました。

代表は、古城祐之氏(当時28歳)。

筋無力症という難病による障害を持ちながらも、見事にリーダーシップを発揮し、作業所の運営を指揮されました。アメリカへのチャレンジ旅行をはじめ、常に好奇心を発揮し、MS-DOSでPC-9801をも駆使!
何事にもアクティブに取り組む、奇跡の人でありました。

私にとっては、兄のような存在であり、人生の師でもあります。

残念ながら3年前、還暦を目前に急逝されてしまいました。悲しいお別れではありましたが、以前、医師からは「30歳を超えての生存は難しい」と宣告されていましたから、大往生と言っても差し支えないかもしれません。

「とにかく何でもいいから仕事を得て、いくらでもいいから自分で稼いで、社会の一員としてくい込むのだ!」が口癖でそれを身を以て実践した、古城さん。

その思いを、少しでも引き継ぎたい。
当社が就労支援に取り組む引き金となりました。

当時のみちくさ共同作業所には、障害を持つ方以上に、大勢の茨城キリスト教大学のボランティアの皆さんが、頻繁に出入りしてくださっていて、ハンディなど関係なく、ごちゃ混ぜになって、飯を食って、酒を飲んで、恋バナはもちろん様々な話に泣き笑いしたものです。
もちろん「未来への希望」も欠かせない話題でした。

そしてその未来になった今、障害者を取り巻く環境は多くの方の努力により確実に大きく多様に前進しました。

しかしながら、まだまだ社会的不利を被っている方がいるのも事実です。
私たちは私たちのできる範囲で、そんな小さな隙間を埋める活動を見つめていきたいと思っています。


関連記事